精神障害者のわたしが音楽劇「コインロッカー・ベイビーズ」を観劇した

 

 

 

音楽劇「コインロッカー・ベイビーズ」(以下:コイベビ)を観劇した。

 

 

 

初演も観劇したし、その前に原作も読んだ。

原作、初演、今回の再演、全部ひっくるめたコイベビに対する感想としては、とても楽しかった。ワクワクした。ゾクゾクした。共感した。理解ができた。

そんな感じ。

 

 

怖さとか、異常だと感じることとか、そういうのはなかった。

それは、わたしが精神障害者だからかもしれない。

 

 

 

 

主人公たちがすぐカッとなるのも、暴力的なのも、音に執着するのも、自分で自分が分からなくなるのも、すべて自分を、わたしを見ているようだった。

自分の為に愛するものを犠牲にするのは、共感度が低かったけど。

 

 

 

それでも、極限状態まで行ったら、わたしもそうしてしまうかもしれないと思った。そこでわたしは作品や主人公に対してではなく、自分に怖さを感じた。

 

 

 

 

 

この劇を、精神障害者であるわたしが観劇していいのか、正直最初は不安だった。

これを観ることによって、自分が更におかしくなってしまわないか、とか。

共感した部分を役者さん方が演じた際に、異常だと、怖いと、気持ち悪いと思ったお客さんがわたしの近くで上記のように話をしたらどうしよう。苦しくなったり、悲しくなったりしても耐えられるかな、とか。

ましてや一緒に入った方がそういう感想をわたしに述べてきたらどうしよう、とか。

 

 

だからかな、初演のときは1回しか観劇しなかったんだ。

当時はその不安をかき消すかのように、アネモネ飲んで酒入れてから観劇して。懐かしいな。

 

 

 

 

 

今回の再演は、東京公演の前半を3回、後半を2回の計5回観劇する予定でいる。既に4回観た。

 

 

 

 

 

4回観て、分かったことがある。ううん、前から、初演のときから分かっていた。

この劇、まるでわたしの心の中を、わたしの叫びを表現してくれているみたいだって。

観終わったときにスッキリしている自分がいる。毎日怒涛のように渦巻いている心のモヤモヤが、スっと一時的に姿を消す。

 

 

 

アネモネや二ヴァみたいに、心から自分を愛してくれる人がいるってどれだけ幸せなことなんだろう、キクとハシが羨ましい、とか思ったりもする。

それは、わたしが家族にすら愛されていないと思ってしまっているせい。そんなことは多分ないんだろうけど、精神障害者だから、そう思ってしまう。

わたし本人が誕生日翌日に父親に酷い言葉を浴びせられた挙句、思い切り顔の左半分を殴られたせいで、より一層羨ましいと思った。キクとハシのことを。キクとハシが互いに友達以上の存在でいる事実と、アネモネと二ヴァという自分を愛してくれる恋人、妻がいること、彼らは最初は捨てられたかもしれないけど、和代さんに引き取られ大事に育ててもらったことも含め、全部が精神障害者のわたしにとっては羨ましい。

 

 

 

 

でも2人にも葛藤があって、そこが自分と重なって、終演後スッキリする。わたしの辛さを、この2人が大勢のお客さんに伝えてくれている、そう錯覚するから。

羨ましいより、ありがとうが勝る。

 

 

 

 

 

1人でも多くの方にこのコイベビを観ていただきたい。わたしの気持ちを分かってもらいたいというのはただのエゴでしかないから言わない。でも、本当に沢山の方に観てもらいたい。辛くなる場面も、悲しくなる場面もある。でも楽しい、笑顔になれる場面だってある。

 

 

 

 

 

この作品に、自担は出演していない。けれど、こんなにハマってのめり込んで、何度も観劇するくらいには好きな作品である。

出演者の誰かのことを知っているとか、誰も知らないけど少し興味があるとか、そういうちょっとしたことで構わないので、是非一度観劇していただきたい。

現実が、夢が、生き様が、愛が、胸に突き刺さるから。

 

 

 

 

わたしね、狂ったわけじゃないんだよ。

ある音を探しているんだ。不思議な音だよ。

生きたくなるような、生きてもいいような、音を探してる。

 

 

 

 

わたしは、闘いながら、生きる。そう思わせてくれてありがとう、コインロッカー・ベイビーズ